ネガティブ駅始発2

 この自分に対する根本的な自信のなさは根深くて、今も続いているけど、20代後半までは確実にあった。大学時代に付き合った彼氏にも、無視されたり手作り弁当を捨てられた事があった。理由は、「怒らないし我儘も言わないし本当の感情をもっとさらけ出してほしかった」と。

 

 今書いてて思ってんけどさ、

何でその事を彼らは言葉で私に言わず、私が悲しむことを、実験するようなことをしたんだろうか。アホだな私、今気付いたぞ。

 

 まあいいや、

とにかく喜怒哀楽の怒のスイッチが切れてる私を、付き合いが深くなる人ほど、不気味だと思ったのかもしれない。

 

 

 怒ってないわけじゃない。怒ってそれを表明することの意味がピンと来てなかっただけなんだ。だって怒っても何も解決しないじゃない、嫌なことや困ったことがあったら解決法考えるし、人に当たり散らして人を嫌な気持ちにさせるぐらいなら、その前に問題解決をしたい、当時そういう考えだった。人に怒りをぶつけることで嫌われるんじゃないかという不安もあったし。

 

 

 運動が出来なすぎて球技でチームになった人に嫌がられたり、それが発端で学校でいじめられた時も、親に言わなかった。悲しませると思ったし、毎日学校に親が来てくれるわけでもない。結局自分で処理しないと、一旦大人に解決してもらったとしても私の学校での日々はその後も続くからだ。

 

 

 高校、大学時代は、容姿をなんとかしたくて、せめて体だけでもなんとかしようと(顔は変えられん)色んなダイエットをしてみた。でも私が辿り着いた悪魔の方法は、食べた事をなかったことにする事だった。ストレスで過食、罪悪感、リバース。リバースしたらノーカロリーだと思ったから、好きなように食べて、戻す、その日々だった。右手の甲にタコが出来た。歯がボロボロになって、近所じゃない遠くの歯医者に通った(原因はプロが見たら一目瞭然だったろう)

 

 

 そんな誰にも言えない背徳を抱えていた大学時代だったが、彼氏ができ、彼との生活の中でこの摂食障害は和らいでいった。吐くタイミングが見つけられないのと、彼が私の外見にこだわりがなかったのもある。

 

 

 しかし彼は家庭事情が複雑で、義母と3人で暮らすことになった。私はそれでも大丈夫だと思っていた。「私なんかと結婚しようと思ってくれる人がいるんだ、感謝しないと。そんな人一生現れないかもしれない。」基本的にそう考えていたので、どんな条件ものみこめると過信していた。

 

 

 結果、なんでも抱え込み、我慢し、自分の中で解決しようとするこの性格が災いして、この結婚は失敗した。

 

(ここからが一番病んだ。続く)